第七回
「 みさとサン 」
瀬戸内海の島にある美術館に行こうか…と誘われているけれど、みさとサンはYESでもNOでもなく、ただひたすら躊躇している、それだけなのだけれど、実際問題、けっこうな現実が目の前にある。
初めて2人で食事に行ったら、いきなりプロポーズなのよ。
で、どう答えたの。
すぐ返事なんか出来ない。迷うことは山ほどあるし、それに私にはダラダラ付き合っている例の人もいるし。
なんだ、まだ別れていないのね。
別れるってあれだけ大騒ぎしたのに、結局は元のモクアミよ。でも、一緒にいると楽なのよね。
それはそうでしょう。もう10年くらいになるかしら。
そんなものよ。何も生み出さないけれど、失うものもないのよね。
それって違わない。おかしいよ。そんな言い方、あなたらしくないわ。何も生み出さないけれど、失うものもない、というあなたの言葉。ちょっと違うと思う。10年もたてば、陽に焼けたり、風にさらされたり、雨に濡れたり、塗装が剥がれたり、いろんなことがあるわよ。それをキチンと見ておかなければおかしいんじゃない。
美砂はそう言って、視線を遠くに投げたままで、みさとサンの方を見ない。
みさとサンも黙ってソファに座る。
スタンドの光もつけないで、じっとしたままの2人。
たぶん、2人ともタイミングを見計らっているのだ。たぶん、人生の、すれ違いの、曲がり角の、自負もあり、負い目もある、この自分自身のありかたや、その曲がり方を、乗り越え方を。 美砂、ありがとう。はっきり言ってくれて嬉しかったわ、とみさとサン。