第一回
「みさとさん 京都へ」
みさとサンを乗せた新大阪行きの「のぞみ」は、今米原駅を駆け抜けたところだ。
「やはり雪景色なのね」と、水滴がたくさんついた窓からの景色を眺めていた。ものすごく昔に、ヤマトタケルが遭難したという伊吹山のスキーゲレンデには雪が舞い狂っていて、鈍色の天空が雪の重さで少しずつ沈んできそうだった。
それでなくても、心のヒダが風邪をひいたみたいなのに…
と、みさとサンは唇を強く噛む。もちろん誰にも気づかれないようにして。お天気さえよければすぐ近くに見えてくる琵琶湖の水面のきらめきを、家並みの間から見せてくれるのに…。その光彩は「手を振ってくれているみたい」だったと、嬉しかったあの日を思い出した。
みさとサンは14時から大阪支社で商品企画の戦略会議がある。多分3時間で終るけれど、その後は、先輩につかまらないように逃げなくちゃ。でもまぁ、Webの打ち合わせもしておいたほうがいいし、食事くらいは付きあっておこうかな。最終ののぞみで東京に帰る、ということにして、それで、阪急電車で京都に行く。ホテルは四条烏丸から近い。
モーニングコールで早起きして、タクシーで正伝寺に。
京都のとびきりクールな風のなかを歩くには、やっぱりブーツにしてよかったわ。それでもタクシーを降りた途端、寒風が肌をさしてくる。マフラーを巻き直し、コートの襟を立てて境内に入った。
伏見桃山城にあったという遺構を移した本堂や、狩野山楽の襖絵も有名だけれど、みさとサンは枯山水の庭を見ながら、廊下でボッーっと座っているのが好きだ。東山の峰々のなかでも頭一つ高く見える比叡山がクッキリと山頂を見せている。風はちょっと冷たいけれど、お天気はいい。太陽の一筋一筋が皮膚を優しくなでてくれているみたい。
それだけで充分よね。今日は、ともかく、そう思おう。
さぁ、戻ろう。いろんなことあるけれど、ともかく自分の場所に戻ろう。そうしたほうが、今はいい。
呼んでもらったタクシーを待ちながら、携帯電話で呼び出してみたが、留守電になっていた。まぁ、これはこれで、いいことにしようか。それより、お腹すいちゃったけど、