第二回
「みさとさん パーティーを逃げる」
「7時に六本木だから、タクシーで行けば15分で着くはず。6時半ちょっと前にエントランスに下りれば問題ない。6時になったら、化粧をチェックしておこう。いつもよりちょっと濃い目にルージュをつけて、
頬紅を足して、それにマスカラをつけ直す。スーツで行くから、あとはイヤリングをつけかえれば、それで完璧」
今日は月例の講演会がある日で、講師はWebで商品のリサーチをしている女性のマーケッターなのだけれど、もひとつピンとこない人選だと、みさとさんは思った。
でもまぁ、1時間くらいで済む。後は例によってレセプションで、知り合いに挨拶をして回り、あたりさわりのないレベルの情報交換をちょっとだけする。格別のことがなければ、9時には会場を出れる。
そんな心づもりをしてデスクに戻った。
2時半から新商品の評価。3時15分からプレスレリース原稿の確認、4時からは元役員が見えることになっている。
合間に電話。
それから業務報告書のチェック。メールの返事もしておかなければ。 と、ここまでスケジュールをチェックしてきて、みさとさんは1つ、長い溜息をついた。
打ち合わせルームの大きな窓から外をみると、東京がパノラマのように見てとれる。あいにく富士山は顔を出していないけれど、もうピンと張った冬の空ではなく、春の兆しがちょっとゆるい靄のようにかかっているのが見て取れる。
もう1つ、深い息をついだみさとさんは、急に、今夜の講演会はパスすることに決めた。
そう、わかっているわ。目の前にいるのは、今という時間の流れに飽きてしまっている自分なの。だから、今はちょっとだけ、逃げたいのだ。そのことは、よくわかっている。
仕事を片づけてから、絵を観て帰ろうとみさとさんは思いつく。